畜群総排除委員会

わちきはわちきに危害を加えてくる畜群を排除したいだけ。

毒親を消したい!

毒親との戦いなう。

 

わちきは現在、父、母と3人で暮らしています。同居していた祖父母はすでに他界、妹様、愚弟はそれぞれ一人暮らししています。

田舎の家なものなので、長男にあたるわちきには、家を継ぐという権利もあります。ですが、わちきからすればこれはハタ迷惑極まりないので、2016年1月現在、もう家を出て行くことは決めています。

 

わちきは大学院修了後、進学もできず、就職活動もしていなかったので、京都から強制送還されてしまいました。それが2011年2月のことでした。そして、運転免許もないまま、地元の企業の面接を何社か受けましたが、いずれも落ちました。「運転免許ないと彼女もできんぞー」とある会社の人事課の人間に言われた時には、まさにそうだなあと思いました。

 

で、今勤めている会社に、両親の紹介で半ば強制的に働くことになりました。10月には奨学金の返済も始まる。とにかくお金が必要でした。まあ、アルバイトですが。接客のアルバイトなんて初めてで(以前は図書館や博物館の資料整理のバイトをしていたことがあった)、わちきに務まるだろうかと当初はヒヤヒヤものでしたが、案の定、入社したての頃は先輩や店長に怒られてばかりで、無愛想で無能なバイトでした。

 

そんなわちきは統合失調症という病気を患っていたので、精神科への通院も希望していました。しかし車がない。病院も近くにはない。絶望的でした。お金を貯めて、京都にいた頃のメンクリにわざわざ出ることもしました。しかし根本的な解決にはならなかったです。

 

2011年11月、何とか運転免許を取得し、翌年6月には叔母から車を30万で譲ってもらい、こうしてバイト先にも、あるいは地元の各地を車で行くことができました。それが良かったのか、悪かったのか。

 

2012年9月、初心者マークを付けて、高校時代に通った精神科病院へ赴きました。そこにはもう当時の主治医はいなく、代わりに女医がわちきの主治医になりました。そこでは、眠れない、幻聴・幻覚がひどい、やる気がない、など話しました。それで、マイスリーワイパックスレンドルミンエビリファイリスパダールを処方されました。

 

それがいけなかった。2012年、ある大学院の特別研究生になり、学問をすることを再開しました。その際に、銀行からお金を借りました。今思えば、わちきは月収20万ほどもらっていたので、貯金さえしっかりしていれば、希望する大学院の博士課程でまた学問をすることもできたであろうと思います。どういうわけか、わちきはとにかく浪費グセがひどかった。当時ハマっていたボカロのアルバムを買いまくっていました。浪費グセは今なお治りません。

 

当然、自分の口座を持ち、給料も自分で管理していたのですが、銀行から借金していることが両親にバレ、キャッシュカードと通帳を全て取り上げられてしまいました。それでも、精神科に通院しているということと、最低限の小遣いは欲しいと主張したので、週2,000円ほどもらい、後は全て両親が管理するということになりました。

 

昔から2chメンヘル板の住人だったので、ブロンやマイスリーでODしてラリるということを覚えました。最初は貯め込んだマイスリー20錠でODしました。同時に、リスカ、アムカもしました。当然死にはしません。気づいたら地元の総合病院のベッドにいました。このことには両親もさすがに腹を立ててわちきを責め立てたのですが、精神科の主治医との話し合いにより、処方された薬は母が管理するということになったのです。当時のわちきも、「そうなっても仕方ないか」と思うだけでした。

 

ですがOD癖は治りませんでした。お金を貯めてはブロンを買い、アルコール+リスカしながらラリっていました。これは2015年まで続きました。地元の病院にも数回入院しました。医院長からは「今度ODしたら精神科病院の閉鎖病棟に送るから覚悟しておけ!」と怒られました。

 

2013年8月、主治医が転勤ということになり、紹介状を書いてもらい、「あとは自分で病院を探してね」とだけ言われて別れました。もう近所(といっても家から車で30分)には精神科の病院なんてないし、どうしようかと途方に暮れていた時に、親しいフォロワーさんからの紹介で、今の病院に通院することになりました。

 

いつものように問診票に「はい」などを書き、家族構成やこれまでの通院歴や処方された薬などの話をして、同じようにマイスリーワイパックスエビリファイリスパダールを処方されました。

 

2015年3月、わちきは他店へのヘルプでのストレスにより症状が悪化し、またしてもブロンでODしました。その時は、2chガイドラインにあったように、糖衣を水で流して200錠ほど飲みました。翌朝、意識はあったのですが、母に、「ブロンでODした」と言うと、すぐに地元の病院に連れて行かれ入院したのです。そして退院したその週の通院日に、主治医やカウンセラーと相談して、1ヶ月休職することを決めました。

 

それを店長やオーナーにも伝えなければならないので、とりあえず診断書を書いてもらいました。で、オーナーや店長(といっても普段から職場にはあまり顔を出さない)に書き置きをして、4月から5月のゴールデンウィークまで休職しました。

この時点で初めて職場の人間に「わちきはメンヘラです」とカミングアウトしたわけですが、これが後々のわちきの行動にも悪影響を及ぼすことになりました。

 

休職期間中は、とりあえず精神科への通院だけがわちきに許された「外出」でした。それ以外は、母が何かと干渉してきて何もできませんでした。

わちきがPCゲー(東方、PSO2)をしていることは以前の記事にも書きましたが、その時の退屈しのぎに始めたのがMaster of Epic(MoE)でした。付き合いの長いフォロワーさんとスカイプしながら一緒にプレイしました。その時だけ楽しかったです。それ以外は何も楽しいことなんてありませんでした。

 

復職してから同年11月までは1日5時間、週3日程度の労働でした。当然、給料は安い。いろんな支払いもある。そのことで両親からまたも責め立てられ、「いろんなところで働け!」と罵倒されました。しょうがない気持ちで他社のバイトの求人に応募しましたが、それがいけなかった。オーナーからは「きあくんがそういう(統合失調症)病気だからこっちは気を遣ってシフトを減らしてるんだ!」と怒られました。オーナーの言うとおり、職場の人間に一切相談なくバイトの掛け持ちを始めようとしたことは愚かなことでした(常識がない)。

 

それで、わちきは再び週5日のフルタイムシフトを希望する旨をオーナーやチーフに伝えました。わちきのいないところで職場ではいろんな問題があったようですが、とりあえず、希望通りのシフトに組んでもらえるようになりました。

いつの日だったかはよく覚えていませんが、エビリファイを飲むのをやめました。それに伴う離脱症状もいくつかありましたが、日に日に意欲が湧き、どんだけ働いても身体がちっとも疲れない状態になりました。不思議な感覚でした。統合失調症への処方薬としてエビリファイは有名ですが、これがわちきとは相性が悪かったんだと気付き、主治医に処方をやめてもらうようお願いしました。

 

それから現在まで、躁鬱状態でいうところの「躁」状態が続いています。毎日が意欲に溢れて、とにかく働きたい、勉強したい、という気持ちでいっぱいでした。

 

12月、29歳の誕生日を迎えた日に、母から「キャッシュカードと通帳は返すから後は自分で何とかしてみろ」と言われました。ようやく自分の給料が自分の手で管理できるようになりました。まあ、これが吉と出たのか凶と出たのか。相変わらず浪費グセが治りません。

 

で、今日、母から「通帳とキャッシュカードを渡せ」と言われました。言われるがままに応じたわちきもですが、相変わらず母は毒親です。ついこないだも、朝食後の薬を出すのを忘れていたようで(薬はしっかり隠されている)、わちきは終日イライラ状態でした。コンスタン、バレリンを1回飲まなかっただけでもそうなるというのが精神薬の恐ろしさでもあるのかもしれません。仕事を終えて帰宅したわちきもさすがにブチ切れ、「今度出さなかったから全部わちきが管理する!」と言ってやりました。それでも母は相変わらずわちきから全てを奪っていこうとしています。もうすぐ30歳にもなる子どもに、どうしてこんなに過干渉的なんだろうと思います(まあ過去の自分の行いのこともあるので全てが母の所為というわけではありませんが)。

 

とにかく、もうこんな親の元で暮らしているのは嫌だ、という気持ちでいっぱいなのが現状です。2016年は一人暮らしするための資金集めに徹して、早ければ2017年にも実家を出ようと考えています。今の職場にはそういう旨もいずれ話さなければならないのですが、カウンセラーと相談しながら、とにかく慎重に順番に事を進めていこうということになりました。

 

ああ、こんな毒親を消してやりたい。そういう気持ちで長々と書き殴ってしまいました。すみません。

 

今日の自分語りは以上です。ありがとうございました。