畜群総排除委員会

わちきはわちきに危害を加えてくる畜群を排除したいだけ。

人生に対する虚しさを感じるそうです

それは2週間ほど前に受けたカウンセリングでのこと。

 

「きあさんからは人生に対する虚しさを感じますね」とカウンセラーから言われました。

カウンセリング(50分)では最初にこの2週間の出来事をハイライトで話し、次の2週間までの予定について話し、それらに対してアドバイスを行ってくれます。また、薬の効果なども聞かれます。

それから、自分の身体の状態を意識するようにゆっくり呼吸する訓練を行っています。これは仏教で言うところの座禅に近い訓練で、「マインドフルネス」という言葉が臨床心理学の中にあり、それを実践しようと提案していただいているのです。

その後は学問の話。臨床心理学とわちきの専門分野(人文地理学)とでは接点はないように見えますが、実はいろんなところでつながりがあるのが人文地理学の面白いところでもあるのです。例えばメンタルマップ(認知地図)とか。

修論で書いたことや最近入稿した原稿のこと、これから(研究生への復帰)のことを話して、あーでもない、こーでもないと議論するのです。

カウンセリングを受け始めた当初は学問の話よりも、「辛い」「死にたい」という、もっと非生産的な話ばかりしていました(というかカウンセリングを受けてるメンヘラなら大体そうなるんじゃないか)。

それがわちきにとって生産的な話、ひいては議論にまで発展するようになったのは、3年間カウンセリングを受け続けてきた一つの成果ではないでしょうか。

 

しかし、カウンセラーは冒頭で述べたように言います。わちきからは人生に対する虚しさを感じると。

「ああ、それはきっとニーチェや中島先生の影響でしょうねー」と答えました。

わちきの思考のすべてがニヒリズムに基づいているわけではないのですが、どこかで「人生とは虚しい」と思っているところがあるのかもしれません。

 

最近知ったのですが、『ニーチェ先生』、テレビドラマ化してるんですね。あれ、最初本屋で見た時は「買おうかな...」と少し迷いましたが、わざわざ買う必要はなかったです(買えば畜群と化するだけ)。

コミックがヒットしているという話も少し見聞しました。また、最近は『超訳 ニーチェの言葉』が文庫化して(しかも2種類のデザインとかふざけてる)、まだまだニーチェブームは続いているんだなあと思う今日この頃。

 

そもそもわちきとニーチェとの出会いは、大学院2年時に都市民俗学特論の講義で読んだ『寝ながら学べる構造主義』(内田樹,2002年)にありました。構造主義といえば今は亡きレヴィ=ストロースが起こした思想・理論で、主に民俗学の方法論において重要視されています。

内田先生の本では、レヴィ=ストロース以前の、構造主義誕生に至るまでの潮流を、当時の哲学者や思想家の理論を紹介する、ある意味文献学的な位置づけができる本だと思いました。ニーチェだけではなく、デカルトヘーゲルハイデガーフーコーフロイトデリダといった、様々な哲学者たちの思想に触れることのできる、面白い本でした。

 

そして中島先生の本との出会いは、ニーチェの『道徳の系譜学』の英訳版の翻訳作業の中で参考文献としてたまたまヒットした(どんなキーワードで検索したかは定かではない)ことにあります。最初に読んだのが『「人間嫌い」のルール』(2007年)でした。本著を読んでいくうちに、当時のわちきの周りの人間がいかに「人間嫌い」もしくは「人間嫌いになりきれなかった自称人間嫌い」が多かったかというのがよく分かりました(わちきの元指導教官も「人間嫌い」なところが多かった)。

それからですねー『生きるのも死ぬのもイヤなきみへ』『カイン』『孤独について』『哲学の教科書』『人生に生きる価値はない』『怒る技術』『〈対話〉のない社会』『「哲学実技」のすすめ』『働くことがイヤな人のための本』『善人ほど悪い奴はいない』ー先生の著作を古本屋で買い漁り、修論の執筆をしつつも読みふけりました。元指導教官の薦めてくる哲学書(主にスピノザドゥルーズ)はほどんど受け付けなくなりました。

大学院を修了してからはとにかく働くことで精一杯だったので、先生の著作を買い漁ることはしていませんでした。最近になってようやく新刊まで買い集めることができました。

 

先ほども書いたように、日本では(おそらくは)まだニーチェーブームが続いています。しかしそれは本当にニーチェの思想に切り込んだブームなのだろうか?と疑問を持ちました。わちきが思うこのブームは、単に彼の言葉を都合よく切り抜きしているだけのものなんじゃないかということです。

それこそ彼が嫌った「弱者」であり「畜群」ではないだろうかとわちきも思います。

このニーチェブームについて、中島先生はニーチェ ---ニヒリズムを生きる (河出ブックス) | 中島 義道 | 本 | Amazon.co.jpにおいて

だが、不思議なことに、現代日本でニーチェはブームであり、まさにニーチェから「人生の教訓を学ぶ」ためのニーチェ入門書、解説書、研究書が氾濫している。彼らはニーチェが口を酸っぱくして罵倒していること、吐き気がするほど嫌悪し軽蔑していることを真っ向から受け止めようとしない。(同著,2013年,p.9)

 

と、このニーチェブームを批判しています。

ニーチェとは、当時のキリスト教(とその信者=弱者)を真っ向から批判し(「神は死んだ」)、狂人的な人生を送ったある意味危険な哲学者(のちにナチス・ドイツにも利用された)です。真の意味では「ニーチェの言葉には人生には何の役にも立たない」であろうと中島先生も仰っています。

にも関わらず、わちきの人生観を180度も回転させたニーチェと中島先生の哲学の影響力は凄まじかったです(※中島先生はニーチェだけでなくカントも専門)。

 

まとめると、中島先生の言う通り、「人生に生きる価値はない」と割り切って生きていると、なんとなくですが、気が楽になっているような気がします。「人間いつかは死ぬ。明日死ぬかもしれないし今日死ぬかもしれない」と思っていれば、投げやり感もありますが、嫌なことがあってもそれほど引っ張らないようになっています。そこでカウンセラーが「虚しさを感じる」と思ったのだと思います。

 

ただ、中島先生の思想の中でどうしてもわちきと意見が平行線になってしまっているのが「自殺してはいけない」という話です。これはまたの機会に書こうと思います。