畜群総排除委員会

わちきはわちきに危害を加えてくる畜群を排除したいだけ。

距離の美しさを「表現」すること

こんばんは。久しぶりのブログ更新になりました。


お盆が終わってからというもの、体調を崩し1週間休職して、無気力状態になっていました。

せっかく発売日に購入したテイルズオブベルセリアも序盤で放置、PSO2もレベリングとレアドロだけの作業ゲーになった感があり、満足感が得られませんでした。

 

今日は通院日だったのでそれに合わせて新海誠監督の最新作『君の名は。』を見に行ってきました。今回はその感想と考察のようなものを少し。※ネタバレ注意。

 

ストーリーはある少女と少年が夢の世界で入れ替わってしまうという現象が起こり、その二人がお互いを好きになっていくというラブストーリーだったかと思います。
一言で感想を言えば、前々回の『星を追う子ども』のようなジュブナイルから打って変わって、新海作品で頻繁に見られるSF要素がまた帰ってきたなあという感じでした。ラブストーリーは新海作品全般的に見られます。あとは相変わらず美しい背景。特に雲の表現はいつも凄いなあと思っています。これは映画研究者からも言及されていますが「クラウドスケイプ」(加藤幹郎編『アニメーションの映画学』2009年)によるメロドラマ性が、わちきや他の視聴者を魅了したんだと思います。

 

わちきと新海作品との出会いは大学院生時代でしたので今から約7年前になります。『秒速5センチメートル』を後輩たちと鑑賞しました。それから彼の過去の作品群を視聴し、2011年5月に公開された『星を追う子ども』を公開初日に見に行くほど、彼の作品群に魅了されてしまいました。その後、これまでの新海作品に関する論考を大学のサークルの同人誌に寄稿させてもらうくらいに熱心に彼の作品を読み込みんだつもりです。

 

新海作品は美しい背景の表現もそうですが、「距離の美しさ」の表現も考察する要素が充分にあります。『ほしのこえ』でだんだんと遠く離れていく少年少女の距離、『雲のむこう、約束の場所』でも主人公の、蝦夷に建てられた「塔」とそこに眠るヒロインへの憧れが、『秒速5センチメートル』では遠く離れてしまったヒロインへ会いに行く、『星を追う子ども』では地上から地下世界の深淵へ旅するという距離が描かれました。それらは「まだ見ぬ世界への憧れ」でもあったと思います。わちきはそれを「地理的想像力」と結びつけて考察しました。

 

さて、今回の『君の名は。』も、東京と飛騨でそれぞれ暮らす少年少女の距離の美しさが表現されていたと思います。夢の中でも2人は会うことができず(それどころか入れ替わってしまう)、また現実世界でも物語終盤まで直接会うことができなかったという距離。そこにもどかしさを感じることもありましたが、同時に新海作品らしい「距離の美しさ」も感じました。

 

組紐のシーンで少女の祖母が語ったように、あるいは少年が腕につけていた紐の正体に気づいた時のように、まさに人と人、場所と場所を「結ぶ」という意味で、キーアイテムになっていましたね。

 

彗星が地球に接近し、世間ではその光景を楽しみにする人々に囲まれているわけですが、彗星の一部が隕石となって町と人々を消し飛ばすというSF的要素も新海作品初期を彷彿させたような気がしました。しかもそれが3年前の出来事であって、此岸と彼岸の境で出会えた少年少女でしたが、既に少女が死んでいたという衝撃。そのまま終わってしまうのかと思いきや、違う「世界線」とも言うべきでしょうか、大人になった2人が偶然にも出会い、お互いが「君の名は…」でしめるというハッピーエンド。所々で挿入されるRADWIMPSの歌と相まって良かったです。

 

一番印象に残ったのは、隕石となった彗星の一部が雲を突き破って地上に落下するシーンですね。あの空の作画は本当にいいです。

 

この作品に関する考察はこれからもっと出てきますので、わちきのまだ「しっかしとした」考察はブルーレイ発売を目処に回したいと思います。生憎パンフレットが完売で入手できず、関連インタビューの収集から始めたいところです。『ユリイカ』で特集されたから早く買いに行きたいんですけどね。

 

ということで、今回はこの辺で。