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畜群総排除委員会

わちきはわちきに危害を加えてくる畜群を排除したいだけ。

いろいろあっての自分

こんばんは。久々のブログ更新になりました。

 

Twitterの方ではフォロワーの皆様にご心配をおかけしたことをお詫び申し上げます。

昨年10月末に自殺を図り、未遂で終わって集中治療室に入り、生死の境を彷徨って無様にも生きて帰ってきたわけで。

きっかけは、これまでにないような屈辱を味わったから「もうやだ。死のう」だったと記憶しています。数週間ほど意識不明だったのでもう曖昧。不思議なことに何も覚えていなかったです。

家族による発見が早かったのと医師の懸命な処置のおかけで、死ぬことはできなかったのですが、それはそれで良かったと思います。

わちきがTwitterを離れている間にフォロワーの皆様からの励ましのリプがあって、それを生きて、自分の目で確かめることができて、それはそれで嬉しい気持ちがあります。

 

ただ、最近もあまりメンタルが安定していなくて、そうなるとすぐに浪費癖が出るもので、ゲームやVOICEROIDの東北きりたんを買ったり、友人と遠出(主にゲーセン)したりして、「あー、またやっちまった」という気分に陥っています。

 

毎年3月から4月にかけては、気候の変化も多少の影響を受けているのか、どうも波が激しい。

 

勤めていた会社は、上記の経緯からクビになり、ニート生活を送っています。

遊ぶお金は、わずかながらの貯蓄から出したり、物を売ったりしてまかなっていますが、どうもそれも自転車操業のような苦しさがあったりする。

これ、大学院時代にも似たようなことをしたなーとつくづく思いました。

 

県内の南部にある比較的大きな病院(高校生の頃に入院した病院)にいました。

約4ヶ月ほどの入院生活だったのですが、他の患者さんとは特に交流しませんでした。

朝起きて、ラジオ体操して、それから朝ご飯を食べて、看護師さんとおしゃべりしたり一人でベッドの上でじっとしてたりと、無意味な生活で充実はしていませんでしたが、外泊があるといい気分転換になりました。

 

開放病棟に移るのが早かったので、後半はスマホも消灯時間内に触れました。が、ツイートはそれほどしませんでした。呟くことがなかったから。「無意味なツイートしてTL汚すのも嫌やな」と思いつつ。

 

家庭環境も上記のことから良くない状態が続いています。

家族とは一切話はしません。あるいはわちきから話すこともないです。

ただただ毎月あるい程度のお金を支払って、入院費等を返すだけの関係です。

 

就職活動ですが、ようやく始めたばかりでまだ何も決まっていませんが、前の職場のような勤務時間帯がバラバラでメンタルを崩しやすい場所は避けようと思っています。

障害者手帳を持っているから障害者枠の求人を探してもいいんじゃないかと思いましたが、大阪や神戸や京都なんかと違って、所詮は田舎。アルバイト、パート程度の賃金での求人がほとんど。それでは生活していけない(実家から出られない)。

まずは、実家との縁を切るための資金作りに徹して、アルバイトでも何でもいいからとにかく働くか、というところ。ストレスがたまるとすぐ浪費するのはいつまでたってもやめられない。どうしたもんか。

 

自室以外の家の空気は極めて重苦しい。それは結局のところ自分が原因で作ってしまった雰囲気だから仕方ないのかもしれない。毎食ご飯が食べられて、ネットができるだけありがたいと思わないといけないのかもしれない。頭の中では「分かってる。分かってるけど…」と思考がループしてしまう。

 

世の中が悪い。憎い。そこから離れたい。だから無謀にも死を選んだんだと思う。

故人となってしまった蘭人ちゃんはどういう思いで逝ってしまったんだろうか。入院生活中ふと考えることがありました。

あるいはわちきの大切な友人たちのこと、先輩・後輩のこと、過去のこと、思い返して、その思いをメモしていました。

 

何かの結論を得た訳ではないのですが、とりあえずブログにしておこうと記録した次第です。

 

わちきは大学院時代にある学者の論文を翻訳してて、世の中はあらゆる場所で人の記憶の外部記憶装置が機能しているなーと思うことがありました。人の記憶が場所に拡張していく。そこに地理的想像力が湧いてくる。それが一つの外部記憶装置であると思いました。

普段から使っているTwitterの何気ない呟きだって、人の外部記憶装置だと思います。ネットそのものも。「ネットは広いから」なんてセリフもあるわけで。

 

小難しくなってすみません。

今日はこの辺で。お休みなさい。